Bitter, Sweet & Beautiful の特徴
2015年リリースのRHYMESTERのアルバム。アルバムとしての完成度が高い一枚です。
レビューについて
私は和HipHopの知識はほとんどなく、洋HipHopとSoul、Discoをメインで聴いているので、「またそこからですか。ピーチクパーチクうるせえ」と言われるの覚悟でレビューします。
昔の洋HipHopは聴いてるけど、日本のHipHopは殆ど知らないからなあ…といった方には「ああそういう観点で聴けば楽しめるかも」と思っていただけるかも、それでRHYMESTERの聴き手が増えるかも、という観点で書いてまいります。
Beautiful – Intro
全体を統一する主旋律にあたる「Beautiful」の一部を鳴らすイントロ。Marvin GayeのWhat’s Going Onに連なるコンセプチュアルなアルバムであることを匂わせます。
フットステップス・イン・ザ・ダーク
プロデュースはPUNPEE_PSG。恐らくダンサー・イン・ザ・ダークを意識したタイトルと思われます。また宇多丸さんの歌詞「そんなドラマ同士がお互いに交差する瞬間」を見るに、クライマックスの人間交差点に対応する配置になっているようです。DJ Premierなどのミニマルなトラックを聴いて育った身からすると馴染みのないトラックで、正直実質的な一曲目から相当な抵抗がありました。
Illmaticの10th Anniversary Versionのボーナストラックに入ってるどうしようもないthe world is yoursのリミックスがこういうのだったなあ…という感覚があります。Rakimの7th Sealを初めて聴いた時もこんな気持ちを覚えました。最近の和製HipHopではこういうトラックが売れるのでしょうか。稀代のMCが揃ってるのに、トラックとhookがイマイチなだけで完成度が一気に下がっています。
PUNPEEさんは「お嫁においで2015」でむしろ好きな印象なのですが、このトラックに関しては私には合いませんでした。
Still Changing
こちらはBACHLOGICのプロデュース。安定しています。90年台的なトラックではないですが、それでも奇をてらわないトラックになっていて、抵抗なく聴けます。ハモンドオルガンのような音が聴こえるのはサンプリングでしょうか?
ファンキーグラマラスを彷彿とさせるMummy Dさんのフロウが素晴らしい。特に「Hi-FiとWi-Fi」からのラインは白眉。宇多丸さんの世界はそれを「奇跡」と呼ぶんだぜ、はサンボマスターを意識せずに入られないのですが意図的なんでしょうかね?
hookがキャッチーすぎて飽きが早いように感じますが、総合的に素晴らしい楽曲だと思います。
Kids In The Park feat.PUNPEE
プロデュースはPUNPEE_PSG。PUNPEEプロデュースでは、当アルバム内で最も抵抗なく聴けた一曲。トラックはポストJ Dilla、ポストMadlibを感じさせる豊かな仕上がりですが、やっぱりhookのセンスが合わず…。
アルバム内での位置づけは、恐らく人生の中での子供らしい喜びを表現するための楽曲ではないかと感じます。目的がなく集まって目的なく遊べるのはいかにも子供的だと思います。
ペインキラー
プロデュースはKREVA。もろにChopped and Screwedを意識して造られている、遅いテンポで低い声でドープでドラッギーな雰囲気を出した一曲。歌詞の内容的にも薬に関することで、トラックメイクとリリック、それぞれの意図が明快にハマっています。恐らく遅回しで聴かせているhookは宇多丸さんの作のように感じますが実際はどうなのでしょうね。耳に効く~はMummy Dさんでマチガイナイと思いますが。
アルバム内での位置づけは、思春期的な愛で、Kids in the Parkで語られる子供的な感性からさらにステージが上がったところを表現しているように思います。
Beautiful – Interlude
Beautifulのトラックが挟まります。アルバム全体の統一感を出すための演出用のトラックと思われます。ストリーミングで一曲ずつ買える時代に、アルバムを通して聴く価値を追求した所以のトラックでしょう。
SOMINSAI feat.PUNPEE
プロデュースはPUNPEE。全裸での祭りゆえにさまざまなトラブルが起きていた蘇民祭を題材にしたと思われる一曲。Marvin GayeのMidnight Love時代に逆戻りしたかのような貧相なキックに、スネアに至っては何らかのクラップ音になっています。ya hoo hooという奇声と変に荒い弦楽器(バイオリン?)がミスマッチに感じるのですが、これも狙った演出なのかもしれません。PUNPEEのフレーズに「素晴らしきロクデナシ」がありますが、これはRHYMESTERのクラシックB Boyイズムのhookを踏まえた一種のサンプリングだと思いますが、なぜこの曲で引用したのか意図をつかめないのが本音。歌詞も成立しているように聴こえないし…。
この曲の位置づけは、地域の中で一人前の役割を求められる男の青年期を表現しているのだと思います。
モノンクル
プロデュースはPUNPEE。Kids in the Parkをチープにしたようなトラック。恐らく意図的。おじさんについての歌。しかしhookもトラックの終わりも適当すぎやしないか。。。
人生を語るこのアルバムの中での位置づけは言うまでもなくおじさん期。
ガラパゴス
プロデュースはBACHLOGIC。BACHHLOGICさんのトラックは安心して聴けます。MCのお二人も、PUNPEEさんプロデュースの楽曲に比べて歌詞の完成度、レコーディングの本気度もかなり高いように感じる。(プロだからそんなことはないんだろうけど。)
前半はDubStepマナー、後半はそのまんまGrime調でフロウ。BACHLOGICさんのトラックメイクの幅広さが生きています。歌詞の内容はいつまでたっても消えない日本語ラップ界隈への偏見に対するアンサー。RHYMESTERは「俺に言わせりゃ」をよく聴いている(他のアルバムは持っていないのであんまり聴いてないだけですが)ので、こういう保守的なリリックを聴くとものすごく安心して聴けます。
MCのお二人のライミングもグルーブの作り方も非常に素晴らしいです。安心して聴ける一曲。当たり前かもですが、HipHopのMCがガッツリできる人は、GrimeでのMCも簡単にできるかもしれませんね。素晴らしい。
The X-Day
プロデュースは当アルバムでは唯一の楽曲となるMr.Drunk。後述の「Beautiful」に親和性のある、打鍵の弦楽器であるピアノベースが特徴的。また比較的な保守的なリズムパターンで、保守的なHipHopファンでもほとんど抵抗なく聴けます。hookはちょっと単調な印象がありますが。。。
歌詞はアルマゲドンというか、もっというと終末思想についての歌詞っぽいです。「ひとつになる」はエヴァっぽいし、攻めてこいエイリアンズUFO’sってところは「宇宙戦争」や「インディペンデンス・デイ」っぽいですね。
Beautiful
プロデュースはDJ JIN。アルバムを通した旋律として使われ、かつアルバムのメインタイトルにも関わる重要な楽曲。Gill Scott HeronのRivers of my fathersのイントロを思わせる切ない旋律が特徴。これまでの楽曲では人生の一時期にスポットをあてていたのですが、この曲では人生という大きな単位で悲哀や喜びを歌っています。
hookが単調なので聞き飽きしやすい曲でもあります。
人間交差点
こちらもプロデュースはDJ JIN。生楽器が多くて情報量が多く聞き飽きない一曲です。PVもあります。
これまでが各人の人生を歌っている曲なのに対し、この曲はその人生が交差する様子、ということで一段階抽象度があがり、全体としてアルバムの成立を完成しているように感じます。
曲名に関して、SD Junkstaの同名曲は意識しなかったのでしょうか?ちょっと気になります。クレジットにスペシャルサンクスとして弘兼憲史らの名前があるので、あの有名な短編集を意識したものにはなっているのですね。。。
サイレント・ナイト
プロデュースはPUNPEE。曲名から察するにクリスマスの曲かと思いましたが、そうでもない様子。
マイクロフォン
こちらもBACHLOGICプロデュース。宇多丸さんのラジオで
- 「この曲はエンドロールにあたる曲」
- 「平和な武器としてのヒップホップ文化を表現したかった」(←思い出しながら書いてるので表現が違うかも)
といった話がありました。まさにそうした表現にガテンがいく内容。エンドロールとしてふさわしいドラマチックなトラック。Once Againマナーを踏襲した展開で、これはプロデュースしたBACHLOGICも意識しているのだと思われます。私の語彙力で表現すると、PeteRockのShut’em DownとDe la SoulのStakes is Highを髣髴とさせるトラックになってます。
歌詞の内容も、セルフボースト系で90年台の洋HipHopファンにもかなりしっくりくる仕上がり。HipHop観点でのポイントはなんといっても、ブレイクでDJ Jinがスクラッチしてるネタ。具体的には、RakimのMy Melodyというクラシック中のクラシック。同曲は昔、Nasがインタビューで史上最高に好きなパンチラインが入っている曲として挙げたこともあります。また具体的なコスリのフレーズは「Why I waste time on the microphone」なのですが、これはATCQのWe Can Get Downという曲でもコスリネタとして使われています。
つまり何が言いたいかというと、このアルバムの中でStill Changingで変化を歌ったりガラパゴスでDubStep的、Grime的な新進のスタイルをやりつつも、こうした良い意味で保守的なHipHopをやることで、あくまでHipHopの正統な歴史、文脈に沿ったうえでの表現であることを主張しているのではないかと思う次第なのです。
まとめ
トラック周りで細かい違和感などありましたが、アルバムとしての完成度が高い一枚。最後の「マイクロフォン」には洋HipHopファン向けのネタがあり、そうした観点でもおすすめです。