ダイバーシティ(山口一男)

本書は二部構成。大変おもしろいです。

第一部は『6つボタンのミナと魔法使いのカズ』という名前のファンタジー小説。合理的選択論にもとづくパラドックスが具体的なシチュエーションの上で読者に示されます。

第二部は、著者である山口一男氏のゼミを濃縮還元したような中身。『ライオンと鼠』という寓話の、日米での差異を主題として、陪審員精度から教育論まで幅広い議論が行われます。

以下、エッセンスの一部を引用したものです。

日本では、いやなことをいやだと直接言わずに、これこれこういう問題がある、という言い方で反対する人がかなりいる。直接嫌だというと、相手と対立関係に立たされるからだ。古い日本の『ライオンと鼠』でも議論したように、日本人は他人との対立を避け調和を求める傾向が強いので、実際は嫌だと思っていても直接そうは言わず、相手も納得するだろうと思うような適当な理由をつける。

ところが、仮に、そうやって反対された人が反対の理由を真に受けて、かつ問題の解決方法を思いついたとする。それで、その問題はこういうふうに解決できるから、問題ではないと答えたとする。そうすると、もっともらしい口実をつけていやだと言おうとした人は、暗にこちらがいやだと言っているのに、人の気持ちのわからない人だと不信感を持つ。他方、反対されて解決案を提示した人は、問題の解決策があるのに賛成しない相手を、理屈の分からない人だとみなし、これも不信感を持つ。

「空気を読む」ことの分析。以前このブログで紹介したデービッド・アトキンソン氏が言う「ミステリアスジャパニーズ減少」は、こうした意思の二重構造の不可解さを表現したものだったのでしょう。

今の生徒、学生は、深く考えることなく、ひたすら知識を詰め込んで、正解のある問題に答えを出す技術だけを学んでいるではありませんか。大切なのはむしろ、問題そのものを発見する能力と、いまだ答えのない問題の解を見出す力だというのに。

大いに共感した一節です。たとえばビジネスの現場で口を酸っぱくして重要性が説かれる論理的思考は、問題に対して答えを出すツールとして非常に優れたものですが、問題提起を行うためのツールとしては限界があります。問題提起と、その解決によって未来像を描くためには、論理的思考力と別に、想像力や表現力が求められます。

日本では会議などの意思決定の場でも「空気を読んで」行動する人が多い。自分が少数派になって、孤立することを嫌がるからだ。でも、そうやって「空気を読んで」行動すると、「空気に合う」情報は出すが、「空気に合わない」情報は出さないということになりかねない。つまり、会議での合意は、偏った情報だけで達成されるということになる。または、会議の最初のほうで誰が何を言ったかに基づいてみなが「空気を推測する」結果、どういうふうに議論が始まったか、というような偶然の事柄に結論が左右されかねない。これも非合理的だ。

これもビジネスに直結する話。ビジネスとは本来合理的なものだが、意思決定のプロセスに「空気」といった非合理的なものが絡んでくると、結果として非合理的な意思決定が行われてしまうという問題。

誰かが徳すると、その分、誰かが損すると感じられるゼロサムゲーム状況では、成功するために努力している人は、他人から見れば、自分に損害を与える人間だと感じられる。–中略–現在の日本の若者のように、社会に強い不満感を持ち、将来へ希望もないと、まじめに努力している人が、自分だけいい思いをしようとしている勝手な人間に思える。そしてまじめに努力する人を非難の目で見るようになる。さらに、勤勉さや、社会的成功には価値をおかず、現在の時間を楽しく過ごそうという考えが支配的になってくる。それも、人から非難されないための社会適応なんだろうけどね。

これは若者論。これはあくまで著者の推測であり、実情を正しく捉えているかどうかは別として、いまの日本文化を紐解くための素材、切り口として大変有用な指摘だと思います。経済はゼロサムゲームではなく、WinWinである、といったことを説明できれば、こうした閉塞感は拭えるのかもしれません。

重要なのは、こういうふうにみなで何かを作る対話は、「理解」、「思考」、「表現」、「想像」、「応用」、「問題発見」といった生産的側面に加えて、人々の個性が生きてこそ全体としての一つの豊かな想像になる、ということだ。そして、それこそダイバーシティの進化を示している。つまり、皆それぞれが違うからこそ、一緒にクラスを作れば、似たような人間が集まってできるものより、はるかに素晴らしい想像に結びつく。

似たもの同士の集団になり、生産性が落ちることを懸念しての指摘。「仲がいいもの同士が集まってできることをするのではなく、理想を実現するために個性をもった仲間を集める」というゲゼルシャフト的な考え方に通じるものがありますね。

山口 一男 東洋経済新報社 2008-07-11
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